松澤 明美, 田宮 菜奈子, 山本 秀樹, 山崎 健太郎, 本澤 巳代子, 宮石 智
厚生の指標 厚生統計協会 56 (2) 1 - 7 0452-6104 2009/02
[Refereed][Not invited] 目的 高齢者のいわゆる「孤独死」は深刻な社会問題であり,その予防は重要な政策課題である。しかし実証的データはほとんどなく,その定義も議論上にある。そこで本研究は高齢者のいわゆる孤独死対策に向けた基礎的資料を得るために,まず法医剖検例となった高齢者すべての死亡(すなわち誰にも看取られなかった高齢者死亡)の実態と背景要因を明らかにすることを目的とした。特に,これまで狭義の孤独死の定義として議論になってきた点である世帯構成による実態の違いに着目した。方法 岡山大学における平成17〜18年の同一医師による法医剖検例から65歳以上の死者を抽出し,剖検記録から死因の背景要因となる情報を収集した。全体の状況の記述に加え,世帯構成別に分け,背景要因を比較した。結果 剖検例210例のうち65歳以上の61例を分析した結果,死因の種類では「不慮の外因死」が77%,直接死因では「焼死」が全体の41%であった。世帯構成では「独居」46%,対象者の特性では杖歩行や義足,片麻痺,寝たきり等,日常生活動作の自立度が低い事例が36%みられた。発見時の状況では,第一発見者は「近隣の人」が41%で,死亡から発見までの時間では,「1日以上」発見されなかった事例は31%であった。また,「1ヵ月以上」発見されなかった5例のうち,世帯構成の明らかになった3例はすべて「独居」であり,ミイラ化や高度腐乱状態で発見された事例も含まれていた。また,火災等に関する死亡が53%あり,出火原因および場所では「台所・コンロ等」19%,次いで「タバコ」「ストーブ」各16%,「灯明」13%であった。結論 法医剖検例からみた高齢者の看取られない死(このうちすべてが予防すべき孤独であるかは議論を要する)は,世帯構成でみると,約半数が独居であった。また,独居事例では病死が多く,死亡から発見までの時間が長い事例もみられた。これらのことから,高齢者の看取られない死は必ずしも独居者のみの問題ではなく,その対策としては,独居に限らない高齢者への包括的対策,独居者に対しては心理的・社会的孤立予防への対策がより重要と考えられた。また,対象者は約7割が不慮の外因死であり,特に火災等に関する死亡が多くを占めていたことから,高齢者の不慮の事故対策は重要であり,中でも火災への予防的対策は急務の課題であることが明らかになった。高齢者の「孤独死」とは何かについては今後,より議論を要するが,具体的な対策を講じていくため,把握が難しい個々の事例のさらなる実態把握とそれに基づく検討が必要である。そのためには法医剖検例に基づく背景の疫学的検討は非常に有効であり,法医公衆衛生学ともいうべき新たな研究分野が必要と考える。(著者抄録)