研究者データベース

蔦 清行(ツタ キヨユキ)
文学研究院 人文学部門 言語科学分野
准教授

基本情報

所属

  • 文学研究院 人文学部門 言語科学分野

職名

  • 准教授

学位

  • 博士(文学)(2007年03月 京都大学)

科研費研究者番号

  • 20452477

J-Global ID

プロフィール

  • 2022年4月、出身地である北海道大学に移籍しました。


    WEBで公開されていない論文等で、権利関係上可能なものは、「資料公開」にファイルを置いてあります。

研究キーワード

  • 国語学   国文学   日本語学   日本文学   日本文献学   日本古典学   

研究分野

  • 人文・社会 / 日本語学
  • 人文・社会 / 日本語教育
  • 人文・社会 / 日本文学

担当教育組織

職歴

  • 2022年04月 - 現在 北海道大学 大学院文学研究院 准教授
  • 2009年04月 - 2022年03月 大阪大学 日本語日本文化教育センター 准教授
  • 2007年10月 - 2009年03月 大阪大学 日本語日本文化教育センター 専任講師
  • 2007年04月 - 2007年09月 大阪外国語大学 日本語日本文化教育センター

学歴

  • 2003年04月 - 2006年03月   京都大学大学院   文学研究科
  • 1999年04月 - 2002年03月   京都大学大学院   文学研究科
  • 1995年04月 - 1999年03月   京都大学   文学部

所属学協会

  • 日本語日本文化教育研究会   和漢比較文学会   東方学会   日本語学会   萬葉学会   訓点語学会   

研究活動情報

論文

  • 蔦 清行
    国語国文 / 京都大学文学部国語学国文学研究室 編 91 12 1 - 14 2022年12月 [招待有り]
  • 蔦清行
    日本語・日本文化 49 1 - 18 2022年03月10日 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行, Tsuta Kiyoyuki
    日本語・日本文化研究 31 6 - 21 大阪大学大学院言語文化研究科日本語・日本文化専攻 2021年12月01日
  • 蔦 清行
    訓点語と訓点資料 = Diacritical language and diacritical materials 146 110 - 117 訓点語学会 ; 1954- 2021年03月 [査読無し][招待有り]
  • 蔦 清行
    間谷論集 14 192 - 172 日本語日本文化教育研究会編集員会 2020年03月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行, TSUTA Kiyoyuki
    日本語・日本文化研究 29 33 - 43 大阪大学大学院言語文化研究科日本語・日本文化専攻 2019年12月01日 [査読有り][通常論文]
  • 中世後期の漢故事と抄物
    蔦清行
    日本人と中国故事―変奏する知の世界 (アジア遊学223) 223 182 - 195 勉誠出版 2018年09月 [査読無し][招待有り]
     
    「抄物」は、中世後期、五山僧や博士家の貴族によって作られた、漢籍・仏典の講義の記録、あるいは註釈書である。蘇東坡と黄山谷の抄物の中に、従来知られていなかった、蘇軾・蘇轍の出生に関する故事が記されている。その故事についての知識は、抄物や講義を通じて五山僧や堂上の貴族たちの間に広まり、それは近世の文化圏にも継承されていった。
  • 『毘沙門堂本古今集註』声点の文献学的検討
    蔦清行
    『中世古今和歌集注釈の世界:毘沙門堂本古今集注をひもとく』 78 - 104 勉誠出版 2018年03月 [査読無し][招待有り]
  • 蔦 清行, ツタ キヨユキ, Tuta Kiyoyuki
    日本語・日本文化 44 44 1 - 30 大阪大学日本語日本文化教育センター 2017年03月 [査読有り][通常論文]
     
    蘇東坡と黄山谷は、中世の禅林および公家社会において最も愛された詩人である。
    その享受の違いについては、従来、東坡のほうがより影響が大きく、山谷はそれには及ばない、と考えられてきた。
    この研究ではそのことを確認するべく、禅僧たちの日記を調査した。
    その結果、東坡がある種の規範として、古典のようの扱いを受けているのに対し、山谷は記録者の眼前の日常の情景によく応じるものを引用する、という楽しみ方が確認された。
    東坡と山谷の受容の違いは、従来のように程度の違いと考えるのではなく、クラシックかポップかという性質の違いとして捉えるのがよいと結論づけられよう。
  • 蔦 清行
    日本語・日本文化研究 = Studies in Japanese language and culture 26 16 - 27 大阪大学大学院言語文化研究科日本語・日本文化専攻 2016年12月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    日本語・日本文化 43 43 1 - 30 大阪大学日本語日本文化教育センター 2016年03月 [査読有り][通常論文]
     
    鎌倉時代初期に源光行の手によって成立した、『蒙求』に依拠する和歌集『蒙求和歌』の、説話部分の文体について考える。
    本資料にはひらがな本とカタカナ本の二つの伝本の系統があり、従来からその先後関係が議論の対象となってきた。
    この研究にはいろいろなアプローチの方法があるが、本稿では、用いられている言語から考える。特に注目するのは、「イハク…トイヘリ」という呼応関係と、係助詞「ナム」の使用という、文体的性質である。前者の呼応関係は、和文にはほとんど見られず、訓読文に特有のものである。逆に後者の係助詞は、漢文訓読ではめったに使われることがなく、散文の和文を特徴づける要素である。これらの分布や両系統間の相違を通じて検討すると、カタカナ本に訓読文的傾向が強いのに比して、ひらがな本は和文的色彩が濃いことが明らかになる。
    このことに加え、『蒙求和歌』が漢籍の『蒙求』に基づいて成立しているという事実を考え合わせれば、訓読文的なカタカナ本が先に成立し、それを改編して和文的なひらがな本ができたのだと結論づけられる。
  • 蔦 清行
    訓点語と訓点資料 = Diacritical language and diacritical materials 135 19 - 40 訓点語学会 ; 1954- 2015年09月 [査読有り][通常論文]
     
    本稿は、建仁寺両足院所蔵『黄氏口義』をについて、林宗二がどのようにし てこの抄物を作成していったのか、他の山谷の抄物との比較、および『黄氏口 義』内部の記述に基づいて考察する。
    黄氏口義(以下本抄と呼ぶ)には、先行する山谷の抄物と対応する抄文が少 なからず認められる。
    特に漢文抄部分は、その殆どが、両足院蔵『山谷幻雲抄』の抄文に対応する。 このことから、本抄の多くの部分、特に漢文抄部分は、『幻雲抄』に極めて近 い抄に基づいていると考えて良いように思われる。そして細部の調査から、『幻 雲抄』そのものを書写しているのではないことも明らかにできる。
    和文抄部分には、さらに、陽明文庫蔵『黄烏鉢抄』・「続抄物資料集成」所収 山谷抄・「抄物小系」所収山谷詩集鈔などの抄文に対応する部分が認められる。 しかしつぶさに比較してゆくと、本抄がそれらの現存本そのものと直接の書承 関係にある、とは考えにくいように思われてくる。例えば本抄と『黄烏鉢抄』 とで対応する抄文があった場合、いずれか一方がもう一方を書写しているので はなく、何らかの第三の抄があったと考えるのがよいようなのである。本抄と 抄物小系本・続抄物資料集成本との関係も同様である。つまり本抄は、それら の抄が参照している先行抄を、それらの抄とは別個に、参照しているのではな いかと思われるのである。このことは、やはり本抄内部の記述からも判明する。 本抄内部に現れる禅僧名は、同一人物であっても必ずしもその記述形式・内容 上の特徴が一致しないのであり、複数の抄物を取り合わせて作られたことが窺 われるのである。
    本稿で論じたのは文献学上のごく基本的な問題であるが、本資料を文化的な 資料として使うにしても、あるいは日本語史の資料として使うにしても、どの ような目的であれ、このような基礎の整備は不可欠な作業である。
  • 阿尾 あすか, 小山 順子, 竹島 一希, 蔦 清行, 南谷 静香, 濵中 祐子, 森田 貴之, 山中 延之
    京都大学國文學論叢 34 39 - 114 京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室 2015年09月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 84 4 214 - 240 臨川書店 2015年04月 [査読有り][招待有り]
     
    本論文は、カの係り結びが、なぜ連体形を結びに持つのかを明らかにするものである。
    カの係り結びの成立について従来最も有力な注釈説では、〔—カ句〕と連体形句との意味的な相関を重視する。本論文では用例を再検討し、そこに、連体形句が常に〔—カ句〕よりも後にのみ出現するという、語順上の問題が存在することを指摘する。
    カの係り結びにおいては、文末にム系助動詞が現れやすい。それは、注釈型のム系助動詞の分析から、文中の〔—カ注釈句〕が提示する疑問の意味が文全体を覆い、一文全体が疑問文化していることに呼応するものと考えられる。結びの連体形も消極的にではあるが同様の働きを持つと解釈される。このように考えると、語順上の問題も解消する。
    以上の解釈は、コソの係り結びにおいて認められる係りと結びとの関係と相似的なものである。カとコソの係り結びは、係助詞によって示される意味が文全体に及び、それが結びの形式と呼応する、という基本的な性質を共通に持つと結論づけられる。
  • 現代語の係り結び —何と愚かな!—
    蔦 清行
    タイ国日本研究国際シンポジウム2014論文報告書 121 - 135 2015年03月 [査読有り][通常論文]
  • 山中 延之, 蔦 清行
    京都大学國文學論叢 33 15 - 54 「國文學論叢」編集部 2015年03月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    京都大学国文学論叢 33 1 - 13 京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室 2015年03月 [査読有り][通常論文]
  • 阿尾 あすか, 小山 順子, 竹島 一希, 蔦 清行, 中島 真理, 濵中 祐子, 森田 貴之, 山中 延之
    京都大学國文學論叢 31 49 - 87 「國文學論叢」編集部 2014年03月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行, ツタ キヨユキ, Tsuta Kiyoyuki
    日本語・日本文化 40 1 - 22 大阪大学日本語日本文化教育センター 2013年03月 [査読有り][通常論文]
     
    In this study, I explain what signifies Love Letter, the title of a movie from director Shunji Iwai. Throughout the movie, the phrase "love letter" has been used only once to describe the letter, which appears in the opening scene. Even this phrase is used with some doubts, its meaning needs to be thoroughly considered.
    The letter presented at the beginning of the story, has the capacity as a love letter based on its form, but it has not been indicated explicitly whether its content also qualifies it as such. It has been, so to speak, veiled.
    On the other hand, a library card which appears at the end of the story, evidently can be deemed as a love letter based on its content, but its capacity as a love letter based on the form has been hidden and can be revealed only upon a deeper study.
    Even as the story reaches its climax, Hiroko’s feelings to Fujii remain unrequited. Fujii also keeps turning his feelings towards Itsuki until the very end. And so his feeling go unreciprocated too, but it seems that both sides of unrequited love can be provided with some kind of cathartic relief.

  • 阿尾 あすか, 小山 順子, 竹島 一希, 蔦 清行, 中島 真理, 濵中 祐子, 森田 貴之, 山中 延之
    京都大学國文學論叢 29 35 - 69 「國文學論叢」編集部 2013年03月 [査読有り][通常論文]
  • 接続詞のいま・むかし
    蔦 清行
    日本研究論集 5 1 - 14 2012年04月 [査読無し][招待有り]
     
    現代日本語の「なので」という接続詞は、口頭語では正用と認められるが、文章語では誤用とされてしまう。文章語は、口頭語よりも古い時代の言語を反映し、「なので」は最近成立した新しい接続詞だからである。ところで日本語の接続詞の語構成は、それがどのような形態素から構成されているか、という観点から、大きく三つに分類される。この分類は、あくまで語構成の面から行ったものであるが、結果的には、接続詞が意味の上で持っている前文と後文との両方に関係する性質を反映したものともなっている。「なので」はそのうちでも最も文法的な変化によって作られる群に分類される。そうすると「なので」は、現在文章語としては誤用と判断されているが、将来的には、正用の接続詞と認定されることになるのではないかと考えられる。ただし、接続詞において意味の上で前の文を代表する部分は、活用形としては終止形を用いる傾向が強い。そうすると「なので」も、やがて「だので」という語形に変化して行く可能性がある。
  • 蔦 清行, ツタ キヨユキ, Tsuta Kiyoyuki
    日本語・日本文化 38 19 - 34 大阪外国語大学留学生日本語教育センター 2012年03月 [査読有り][通常論文]
     
    萬葉集四一七五番歌と四一七六番歌とは、その脚注から、それぞれ助詞モ・ノ・ハとモ・ノ・ハ・テ・ニ・ヲを用いない歌として作られたことが知られている。これらの助詞が選ばれたのは、従来、助詞の使用頻度によるものと考えられてきた。しかし使用頻度だけでは、なぜ三つ・六つの群になっているかは説明が難しい。これらの群は、歌が作られる前に、当時の言語社会において共有されていた区分であると考えるべきである。そしてその区分は、モノハが一つの句の中でのみ用いられるのに対し、テニヲは二つの句を接続する場合にも用いる、という機能の差によって行われていたものであろう。なお、モ・ハも二つの句を接続する機能を持つように見える場合があるが、テ・ニ・ヲとは決定的に性質を異にする点があり、二つの群に分けることに影響するものではない。
  • 小山 順子, 竹島 一希, 蔦 清行
    京都大学國文學論叢 0 27 67 - 97 「國文學論叢」編集部 2012年03月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    日本語・日本文化研究 21 1 - 17 大阪大学日本語日本文化教育センター 2011年09月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 79 2 1 - 15 中央図書出版社 2010年02月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    京都大学國文學論叢 21 1 - 16 京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室 2009年04月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    京都大学國文學論叢 20 31 - 46 京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室 2009年02月 [査読有り][通常論文]
  • カの接続
    蔦 清行
    萬葉語文研究 4 139 - 163 2008年12月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 76 4 20 - 39 中央図書出版社 2007年04月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 75 10 45 - 62 中央図書出版社 2006年10月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 75 5 34 - 53 中央図書出版社 2006年05月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 74 12 36 - 53 中央図書出版社 2005年12月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    京都大学國文學論叢 14 1 - 16 京都大学大学院文学研究科国語学国文学研究室 2005年09月 [査読有り][通常論文]
  • 蔦 清行
    国語国文 73 12 10 - 29 中央図書出版社 2004年12月 [査読有り][通常論文]

書籍

  • 京都大学黄氏口義研究会 (担当:分担執筆範囲:2-16, 44-70, 71-90, 289-324, 333-354, 355-391)
    臨川書店 2024年02月 (ISBN: 9784653045779) 22, 394, 14p, 図版[2]p
  • 日本人と中国故事―変奏する知の世界 (アジア遊学223)
    森田貴之, 小山順子, 蔦清行 (担当:共著)
    勉誠出版 2018年09月 (ISBN: 9784585226895)
  • 蔦 清行 (担当:単著)
    Amazon Services International, Inc. 2016年06月

講演・口頭発表等

  • 蔦 清行
    日本語学会2023年度秋季大会 2023年10月 口頭発表(一般)
  • 上代語の終助詞ゾの接続  [招待講演]
    蔦 清行
    NINJAL-Oxford通時コーパス国際シンポジウム:通時コーパスに基づく日本語文法研究 2018年09月 口頭発表(招待・特別)
  • ゾンゾ攷  [通常講演]
    蔦 清行
    第32回日本語日本文化教育研究会 2018年06月 口頭発表(一般) 日本語日本文化教育研究会
  • Chinese Anecdotes in Môgyû-shô  [通常講演]
    TSUTA Kiyoyuki
    5th Japanese studies conferences 2017年09月 口頭発表(一般) "Dimitrie Cantemir" Christian University
  • Chinese Anecdotes in the Sho_mono  [通常講演]
    TSUTA Kiyoyuki
    EAJS2017 15th International Conference of the European Association for Japanese Studies 2017年09月 口頭発表(一般)
  • 蒙求和歌の恋部について  [通常講演]
    蔦 清行
    第十一回国際日本語教育・日本研究シンポシウム 2016年11月 口頭発表(一般)
  • 寺村秀夫と『みんなの日本語』の文法用語:活用の場合  [通常講演]
    蔦 清行
    日本語教育国際研究大会 BALI ICJLE2016 2016年09月 口頭発表(一般) 
    【研究の背景と目的】 現在の日本語教育文法は、寺村秀夫の文法論の影響を強く受けていると言われている。しかしそれは実際のところ、どれくらい寺村の考えを継承しているのか。もしも寺村の考えから離れているところがあるとすれば、それは、日本語教育の現場の経験の中から独自に発想されたものかもしれない。そこから、日本語教育文法がその教育活動の中から生み出した理論・方針を探ってゆくことができるのではないかと思う。本発表では、活用の用語について、その影響と日本語教育の独自性を考察する。 【方法】 『みんなの日本語』から活用形の分類を抽出し、それを寺村『日本語のシンタクスと意味』の分類と比較する。(『みんなの日本語』を選ぶのは、現在最も広く使われている総合教科書の一つだから、ということが一つ。もう一つは、寺村の文法論の影響を最も強く受けている教科書の一つだからである) 両用語の異なる点について、特に両者の理念や方針を反映していると考えられる部分を中心に、解釈を試みる。 【結果】 寺村の分類のうち、『みんなの日本語』には対応しないもの。 連用形・過去推量形・タラ形・タリ形 『みんなの日本語』で設定されているが、寺村には対応するものがないもの。 ます形・ない形・普通形・禁止形 【考察】 寺村の文法論が体系の整合性を重視しているのに比べ、『みんなの日本語』は学習者にとっての理解のしやすさを重視して、「ます形」や「ない形」という活用形を設定していると考えられる。そこに日本語教育の視点からの独自性を認めることができる。 発表者の問題意識は、日本語教育「について」語る言語は、現在のところ、必ずしも共通のものができていないというところにある。『みんなの日本語』のようなあり方は、学習者/教授者に親しみやすく理解しやすいという点が評価されるべきことは強調されてよいが、その理解のしやすさを保ったまま、用語・定義に全体的な統一を与えることが、今後必要とされるのではないか。
  • 『黄氏口義』そのものが語る『黄氏口義』の成書過程  [通常講演]
    蔦 清行
    訓点語学会第112回研究発表会 2015年05月 口頭発表(一般) 京都大学文学部 訓点語学会
  • 現代語の係り結び  [通常講演]
    蔦 清行
    タイ国日本研究国際シンポジウム2014 2014年08月 口頭発表(一般) チュラーロンコーン大学文学部 マハーチャクリーシリントン・ビル チュラーロンコーン大学文学部東洋言語学科日本語講座
  • 上代における「ため」の下接語  [通常講演]
    蔦 清行
    第66回萬葉学会全国大会 2013年10月 東京大学文学部 萬葉学会
  • 蔦 清行
    第9回国際日本語教育・日本研究シンポジウム 2012年11月 香港城市大学 香港城市大学 中文・翻訳及言語学学科 香港日本語教育研究会
  • 訓点資料のミ語法と形容詞連用形  [通常講演]
    蔦 清行
    訓点語学会第106回研究発表会 2012年05月 京都大学文学部 訓点語学会
  • 接続詞のいま・むかし  [通常講演]
    蔦 清行
    チュラーロンコーン大学・大阪大学研究交流会 2011年09月 公開講演,セミナー,チュートリアル,講習,講義等 チュラーロンコーン大学 チュラーロンコーン大学・大阪大学
  • 両足院所蔵の黄山谷の抄物二種  [通常講演]
    蔦 清行
    訓点語学会第102回研究発表会 2010年05月 京都大学文学部 訓点語学会
  • 萬葉集四一〇六番歌校訂私案  [通常講演]
    蔦 清行
    第8回日本語日本文化教育研究会 2009年09月 大阪大学日本語日本文化教育センター多目的ホール 日本語日本文化教育研究会
  • 疑問表現で用いられるゾ  [通常講演]
    蔦 清行
    訓点語学会第98回研究発表会 2008年05月 京大会館 訓点語学会
  • 『万葉集』の係助詞の接続  [通常講演]
    蔦 清行
    第24回萬葉語学文学研究会 2007年06月 京都大学吉田南キャンパス 萬葉語学文学研究会
  • 形容詞の接続法  [通常講演]
    蔦 清行
  • 『毘沙門堂本古今集註』声点の文献学的検討  [通常講演]
    蔦 清行
  • 訓点語学会抄物講習会  [通常講演]
    蔦 清行

その他活動・業績

  • 森田貴之, 阿尾あすか, 小山順子, 竹島一希, 蔦清行, 山中延之 古代・中世の《翻訳》意識―訓読と翻案のあいだを探る― 2019~2021年度科学研究費助成事業(基盤研究(C))報告書 1 -168 2022年03月 [査読無し]
  • 蔦 清行, ツタ キヨユキ, Tsuta Kiyoyuki 日本語・日本文化 (37) 35 -57 2011年03月 [査読有り][通常論文]
     
    This paper provides an overview ofthe history ofresearch on the izenkei(realis) and kakarimusubi with "koso". In these subjects, the themy that is developed by ONO Susumu and ISHIDA Haruaki, is quite a most common belief. They clarifY that the original characteris- tic of the izenkei(realis) is to join two clauses. And, they argue that kakarimusubi with koso, in which koso triggers the izenkei(realis) ofthe predicate, also join two clauses. Since their arguments are important, most of the later articles refer to their theory in any way. In this research note, I take up the papers of KYOGOKU Okikazu, SAEKI Umetomo, KONOSHIMA Masatoshi, YOSHINAGA Minoru and SASAKI Takashi. KYOGOKU refutes ONO and ISHIDA, while he says that the izenkei(realis) represents an exclamation in a special situation. SAEKI and KONOSHIMA also criticize ONO and ISHIDA. They emphasize that the role of the izenkei(realis) is to express something definitely, and that sometimes it is used at the end ofa sentence. They think that the izenkei(realis) is used in kakarimusubi with "koso" because the characteristic of izenkei(realis) matches "koso"'s property. YOSHINAGA and SASAKI re-examine whole alone-usage of izenkei(realis) in Nara era, and find that there is no example which is properly placed at the end of a sentence. So they come to the conclusion that the izenkei(realis) isn't com- monly used to close a sentence. I think that we cannot disprove the theory ofONO and ISHIDA, after I checked their evidences. We can, however, approach this problem closer, if we observe the whole kakarimusubi with "koso" carefully. In other words, we have to research on kakarimusubi with predicate adjective and predicate nominative.
  • 蔦 清行, ツタ キヨユキ, Tsuta Kiyoyuki 大阪大学日本語日本文化教育センター授業研究 7 1 -37 2009年03月28日 [査読無し][通常論文]

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業
    研究期間 : 2023年04月 -2028年03月 
    代表者 : 蔦 清行, 木田 章義, 大谷 雅夫, 宇佐美 文理, 近藤 浩之, 大槻 信, 金沢 英之, 緑川 英樹, 金光 桂子, 山中 延之
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(C)
    研究期間 : 2020年04月 -2023年03月 
    代表者 : 蔦 清行
     
    本研究課題は、中世後期の学問のネットワークを明らかにしようとするものである。中世後期の文化と学問を知るには、抄物はどのように読まれたのか、そこで得られた知識はほかの作品を読むときにどのように用いられたのか、といった、学説間の有機的なつながりを究明していく必要がある。それは、より広い観点から言えば、抄物を文化史的資料として利用しようとするものでもある。本年度成果を公式に発表した研究は、次の二点である。 「寛永19 年版『古文真宝前集抄』の黄山谷詩の注について:万里集九『帳中香』とのかかわりから」(『日本語・日本文化研究』第31号、pp.6-21、2021年12月)この研究では、『古文真宝前集抄』の黄山谷詩の注が、万里集九『帳中香』に基づきつつ、そこから大幅に増補されていることを指摘した。抄物同士の学説間のつながりを明らかにした研究であり、本研究課題の中心となる研究と位置づけられる。 「「筆端鼓舞」という評価:抄物を通して見た文藝批評序説」(『日本語・日本文化』第49号、pp.1-18、2022年3月)この研究では、林希逸の『荘子』注釈に見られる「筆端鼓舞」という語が、五山文藝の世界において、積極的な評価の語として使用されていることを指摘した。これもまた『荘子』注釈という学問的な世界から、他の作品にその知識が敷衍されていくというつながりを明らかにした研究であり、本研究課題の中心的な部分に位置づけられる。 いずれの研究成果も、抄物を中心とした、あるいは抄物を媒介として当時の文化的世界における「知」のつながりを明らかにしたという点に意義を主張したい。加えて、中世後期の文化を知る上で抄物資料を活用する有効性を示した点が、現在のこの分野における研究状況に照らして、重要であると考える。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(B)
    研究期間 : 2018年04月 -2023年03月 
    代表者 : 大槻 信, 木田 章義, 大谷 雅夫, 宇佐美 文理, 緑川 英樹, 金光 桂子, 蔦 清行, 山中 延之
     
    本研究の目的は、抄物を注釈として総合的に理解・活用することと、抄物の利用を促進することである。その目的を達成するため、①抄物の調査・撮影、情報収集と整理、ならびに、②多領域にまたがる研究者による研究会を行い、最終的には、③詳細な注解の作成とその公刊を目指す。 本年度は、抄物を多く所蔵する京都大学附属図書館および同文学研究科図書館の貴重書を中心に調査・撮影を行った(①)。加えて、訓点資料・法談聞書の類を多く蔵する高山寺における調査・撮影を実施したほか、蓬左文庫・岩瀬文庫などから抄物関係の写真資料を収集し、分担者間で共有した。 黄山谷(黄庭堅)の詩集の抄物『黄氏口義』(建仁寺両足院蔵、二一巻・二二冊、林宗二筆、1560-1567年写)を主たる対象とする研究会を継続して開催した(年度内に12回開催、参加者20名程度)(②)。『黄氏口義』の中でも規模の大きな一篇である「演雅」の翻刻と詳細な注解を作成、投稿し、掲載が決定している(『国語国文』2019年5月号)(③)。あわせて、本研究会の入門となる「黄氏口義提要」の作成を開始した。 加えて、学生・若手研究者を主たる対象とする抄物講習会を開催した(2019年3月17日、大阪大学中之島センター多目的室607、講師:木田章義・蔦清行・山中延之・山本佐和子、11名参加)。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(C)
    研究期間 : 2019年04月 -2022年03月 
    代表者 : 森田 貴之, 山中 延之, 竹島 一希, 蔦 清行, 小山 順子, 阿尾 あすか
     
    本研究の目的は、古代・中世の翻訳文学を通して、同時代の日本人自身が自国の文学のコードとして意識していたものを浮かび上がらせ、さらに「訓読」「翻案」「注釈」と「翻訳」との差異がどのように意識されて翻訳文学が作られたのかを解明することを目的とする。さらに「訓読」「翻案」「注釈」および「翻訳」という営為の質的差異を検証し、和漢の言語・文化コードの差異、特に翻訳者自身に意識されていたと考えられる自国の文学コードを明らかにすることを目指すものである。 全体の研究課題①【基盤的研究としての資料整備を含む翻訳文学研究】として、漢詩句題の翻訳・翻案文学としての句題和歌に注目し、中古・中世の主な漢詩句題和歌を一覧できる資料を作成し、リポジトリ公開も行った。これにより、従来各歌集などに散在し、その総合的な把握が困難であった句題和歌が原拠詩とともに一覧できるようになり、また同一句題を用いた和歌の相互の把握も可能になった。 また個別の研究課題②【「和歌」における「翻訳」】という観点では、小山が西行和歌における表現の問題として、漢語から和歌への翻訳表現と換言することのできる漢詩文訓読表現を指摘・検討し、同時代和歌において特に仁和寺第4世御室・覚性法親王周辺からの影響が強いことを考察し、論文として公開した。 ③【「学問」における「翻訳」】という観点からは、蔦が抄物の中に見られる「(筆端)鼓舞」という言葉を手がかりに、中世後期の五山禅僧が漢籍から得た表現をどう用いたのかを論じ、論文として公開した。そのほか森田・竹島もそれぞれ『唐鏡』や軍記物語、連歌師宗砌などを対象に個別の研究を進めており、その成果は2022年度中に各媒体において公刊される予定である。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(C)
    研究期間 : 2016年04月 -2019年03月 
    代表者 : 森田 貴之, 竹島 一希, 蔦 清行, 小山 順子, 阿尾 あすか
     
    まず「研究実施計画」に記した、各領域の研究課題の総括と位置づける外部の研究者も含め、中世漢故事受容に関する論集『日本人と中国故事 変奏する〈知〉の世界』(勉誠出版)の公刊を果たした。本書には、「歌われる漢故事」「語られる漢故事」「座を廻る漢故事」「学ばれる漢故事」「拡大する漢故事」の各章のもとに、合計21篇の論考を収め、和歌・歌学、物語・説話、連歌・俳諧・俳文、日本漢文・抄物・学問、思想・芸能など多岐に渡って変容を繰り返した日本における漢故事受容の姿を捉えるもの論集となっている。なお、本論集には、本研究代表者・分担者全員の、それぞれの担当研究領域に即した論考を含んでいる。 本論集に収められていない個別の研究課題の成果としては、森田貴之が、中国の二十四孝詩を和歌化した作者未詳『二十四孝詩歌』について、中国の二十四孝詩および注釈、御伽草子『二十四孝』、近世日本での二十四孝注釈との関係を論じ、内閣文庫蔵本の本文を紹介した。小山順子は和歌領域担当として、西行和歌に見られる漢文訓読調に注目し、朗詠詩句からの訓読語を詠み込んだ歌を調査し、同時代歌人たちとの共時的表現、西行の独自表現、同じ言語体系を持つ経典とのイメージの共有という3点から考察を加えた。阿尾あすかも和歌領域担当として、鎌倉時代の京極派歌人、伏見院の「悲秋」を題材とする和歌をとりあげ、その背景にある漢故事の世界を検討した。また、竹島一希は連歌領域担当として、『故事本歌本説連歌聞書』の中に収められる心敬に関する句、説話を精査し、16世紀後半の関東連歌壇における心敬の受容を例として、故事受容のあり方を考察し、16世紀後半の関東連歌壇における心敬の受容を例に、故事受容のあり方を考察した。以上の個別研究課題の成果はそれぞれ論文として公刊された。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 若手研究(B)
    研究期間 : 2016年04月 -2019年03月 
    代表者 : 蔦 清行
     
    黄山谷の抄物の集大成とも呼べる『黄氏口義』と『山谷幻雲抄』は、ともに林宗二が編纂に関わった抄物であり、同一の資料に基いて成立した部分が多いこと が明らかになっている。その共通部分を網羅的に調査し、どのような相違があるかを明らかにする。それによって、当時の抄物ないし注釈書が、先行する抄物・注釈書類をどのように利用し、またそれをどのように乗り越えていったのか、明らかにするための基礎を打ち立てることができる。抄物は従来、国語学的な 研究の資料としてのみ見られてきた感が強い。それを文化的な資料として活用し、中世の注釈史研究に新たな視角を提出することを目的とする。 以上のような研究目的のもと、平成30年度は、本研究課題当初からの目的でもある、引用される人名・書名の索引を完成させた。『黄氏口義』が3500項目程度の索引であったのに対し、『山谷幻雲抄』は7000項目に近いものとなり、後者の方がはるかに多くの説を取り入れていること、それでも『幻雲抄』に存在せず、『黄氏口義』にのみ存在する系統の抄もあることなどが明らかになった。そのほかにも、いくつかの研究の着想を得られた。たとえば黄氏口義・幻雲抄両抄中に現れる人名「竹田快翁」について先行研究があることを発見した。また、黄氏口義・幻雲抄に現れる桃源瑞仙の説の内容から、現在桃源の説を一韓が聞き書きしたとされている抄についてその真偽を確認することができることに気づいた。これらは今後学術論文等で発表することになる。 今期の研究実績としては、第32回日本語日本文化教育研究会(6月30日)において、「ゾンゾ攷」と題する口頭発表を行った。また、森田貴之・小山順子ほか編『アジア遊学』223(勉誠出版、9月)に掲載した論文「中世後期の漢故事と抄物」においても、本研究によって得られた知見が生かされている。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(B)
    研究期間 : 2012年04月 -2017年03月 
    代表者 : 大谷 雅夫, 竹島 一希, 金光 桂子, 緑川 英樹, 大槻 信, 楊 昆鵬, 宇佐美 文理, 阿尾 あすか, 中村 健史, 小山 順子, 木田 章義, 長谷川 千尋, 河村 瑛子, 蔦 清行, 山中 延之
     
    共同研究は、二つの研究会に分けて行った。まず和漢聯句の研究会では、江戸時代初期の慶長元和年間に作成された和漢聯句作品を収集し、その崩し字を通行の字体に翻字し、さらにそれを詳細に注釈した。研究会は月に一度、研究分担者のほか院生・学生ら十数名が出席した。その成果の資料集は、科研費の出版助成を得て、来年二月までに刊行の予定である。もう一つの研究会では、中国宋代の詩人黄庭堅の漢詩に中世日本人が注釈を施した抄物である建仁寺両足院蔵『黄氏口義』の読解をすすめて、これも月に一度の研究会により、その序文と漢詩十三首の注の翻字と詳細な注釈の作業をすすめた。こちらの成果も刊行の準備をしている。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(C)
    研究期間 : 2013年04月 -2016年03月 
    代表者 : 森田 貴之, 小山 順子, 蔦 清行, 阿尾 あすか, 濵中 祐子, 中村 真理, 竹島 一希, 山中 延之, 南谷 静香
     
    源光行『蒙求和歌』の未翻刻伝本の公刊を果たすとともに、その基本的性格を明らかにし、一部の伝本に依存してきた『蒙求和歌』研究の環境を大きく改善した。また、同一故事の受容方法を他作品と比較することで文学史的な位置づけを試みたほか、和歌文学的見地からは新古今時代歌人としての源光行の和歌表現の特質を明らかにし、2種類ある本作品の成立過程については文体的特徴の比較という国語学的手法を用いて検討を行った。
  • 日本学術振興会:科学研究費助成事業 若手研究(B)
    研究期間 : 2012年04月 -2014年03月 
    代表者 : 蔦 清行, 山中 延之
     
    本研究課題は、室町時代の抄物『黄氏口義』に、どのような禅僧の説が流入し、またかれらがどのような内外の参考書でもって学んでいたのか、ということを調査し、体系化することを目的としていた。そしてそのための手段として、『黄氏口義』に登場する禅僧や彼らの著作を中心とした人名・書名索引を作成することを計画していた。 2014年3月31日、その人名・書名索引と解説とを含む報告書を作成した。これによって、抄物が多くの研究者にとってより利用しやすいものになった。つまり、室町時代の禅僧たちがどのように中国の書物を研究していたのかを明らかにする基盤が整ったと言えるのである。

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委員歴

  • 2024年04月 - 現在   訓点語学会   委員
  • 2016年04月 - 2022年03月   日本語日本文化教育研究会   運営委員


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