本研究はスキーリゾート開発が著しい北海道倶知安町のひらふ地区を対象とし,開発の経緯を施設建設によって概観した後,各施設に関する土砂災害の危険性を空間的に検討することで,スキーリゾート開発と災害リスクとの関係を明らかにした。 そのために建築確認申請計画概要書から作成したデータベースで開発を年代別に分析し,当該地区の土砂災害リスクを国土数値情報の災害関連情報とあわせて検討した。ひらふ地区の開発はバブル崩壊前後と2000 年代後半に拡大した。特に海外からの不動産投資が急増した2000 年代後半からの開発では,スキー場に近接した施設建設の適地が不足したことにより,バブル期の開発に比べ,その開発範囲は河川沿いの急傾斜地にきわめて近い場所まで広がっていた。ここには高級コンドミニアムなど比較的規模の大きい建築物が複数立地しており,近年の観光施設集積地の縁辺部における大型開発が,土砂災害の危険性を高めていた。これらの結果から,対象地域では好景気の時期に開発が進んでいることや,開発の時期が新しいほど土砂災害の危険性が高い場所で施設建設が行われていることが明らかになった。
1.研究目的
観光は国民生活に不可欠なものとされ,観光産業は経済構造を安定的なものとし,地域の経済と文化を活性化させ地域振興に寄与するとも言われ政策の柱となった(観光政策審議会,1995).2016年には観光先進国を目指してインバウンドツーリズムの強化を図り,2020年には訪日外国人旅行者目標を4000万人,2030年には6000万人とすることが計画されている(観光庁,2019).
こうした中,観光庁は13地域の観光圏を設定し整備実施を計画しているが,このうち6地域はスキー場が含まれる地域であり,日本の観光の中でもスキーリゾートは重要な観光資源とされている.その観光圏の1つである北海道ニセコ観光圏におけるスキーリゾートは多くの外国人観光客を呼び込み,また現在のCOVID-19による深刻な状況下においても,リゾート施設の新規開業や開発計画が持ち上がるなど,今後も開発が見込まれる地域である.しかしこうした開発によって建築された建物の不動産所有や所有権移転に着目した研究は少ない.
そこで,本研究は北海道虻田郡倶知安町字山田北部地区を対象とし,不動産登記情報をデータベース化し分析することによって,観光地区における建物および不動産所有の実態を明らかにすることを目的とする.
2.研究対象地域及び研究方法
研究対象地域は北海道虻田郡倶知安町字山田,道道343号からグランヒラフスキー場にかけてのエリア(以後ひらふ北部地区と称す)とする.本研究はまず土地利用細分メッシュデータ及び建築確認申請登録簿より取得した建築確認申請データを用いて,ニセコエリアにおける高度経済期以降の開発過程を時系列でみていく.次に不動産登記に記載されている建物情報及び所有者情報,そして権利情報を用いて,不動産及び不動産所有の空間特性を明らかにする.
3.研究結果
ニセコエリアのアンヌプリ山麓は農業的土地利用が中心であったが,スキー場の立地が比較的早いひらふ地区及びアンヌプリスキー場周辺は,1970年代から都市的土地利用が拡大するなどの傾向が見られた.
建築確認申請概要書データから,1980年代後半のバブル経済期に観光開発が活発化したことが明らかとなった.ひらふ地区は別荘などといった小規模開発が,ひらふ南部地区や泉郷,樺山など飛び地的に拡大していった.他方で他のスキー場周辺では大規模資本による大型開発が目立つなど,地区毎の開発の差異が現れた.
2000年代後半になると,ひらふ地区ではオーストラリア資本などによるコンドミニアムの建築といった小規模開発が再び活発化した.しかし,近年では6階以上の高層建築物や専有部分が100を超える規模の大きい建築物の立地が見られるなど,開発の大規模化が進んだ.
こうした不動産の細分化が進む中,不動産取引にも変化が現れ始めた.2000年代後半にはオーストラリア資本による直接の不動産登記登録が目立ち,また専有部分もオーストラリア資本が権利を持つといった傾向が見られたが,近年では国内在住の企業が建物登記を行い,完成した建物の専有部分権利を中国やシンガポールといったアジア資本と売買する傾向が強くなった.その結果,特に中国の権利者がひらふ北部地区において多くなった(図1,図2).また不動産権利の売買が活発に行われており,より大規模な開発が見られるようになったが,開発地は地形制約限界にまで達しており,土砂災害に対する脆弱性が増している等の課題が明らかとなった.
1.研究目的
高度経済成長期以降,日本では大規模リゾート施設や大型保養地が各地で開発され,北海道や東北,本州内陸部といった積雪地域ではスキー場を中心としたスキーリゾート開発が進められた.しかしバブル経済の崩壊とともに,スキーリゾート地域は長らく低迷の時代を迎えた(呉羽,2017).しかし,2000年代後半から一部スキー場は外国人からの注目を集め,スキー場周辺の再開発が見られるようになった.北海道虻田郡倶知安町に位置するニセコグランヒラフスキー場もその一つである.グランヒラフスキー場が位置する倶知安町字山田はバブル経済とともに開発が活発化し,また開発エリアも泉郷や樺山といった隣接エリアにまで拡大していった.しかしバブル経済の崩壊とともに開発行為が停滞し,2000年代後半から外国人による開発が急拡大した(塩崎・橋本,2017).
現在では6階以上の高層階を有する分譲型の建物が建築されているが,こうした不動産の実態は未だ不明である.そこで本研究は不動産登記情報をもとに,ニセコヒラフ地区における建物および不動産所有の実態を明らかにし,空間特性および課題を議論することを目的とする.
2.研究対象地域及び研究方法
研究対象地域は北海道虻田郡倶知安町字山田,道道343号からグランヒラフスキー場にかけてのエリア(以後ヒラフ北部地区と称す)とする.本研究はまず,不動産の登記情報723件をデータベース化する.登記情報を収集するにあたっては,ZENRIN住宅地図の2017年度版に記載されているヒラフ北部地区の建物を対象とした.次に登記に記載されてある建物情報及び所有者情報から,不動産及び不動産所有の実態を明らかにする.さらに建物の立地及び建物情報,所有者情報からニセコヒラフ地区における現在の不動産及び不動産所有の空間特性を議論する.最後に当該地区の不動産と災害リスクについて考察し、これらの分析結果を総合し本研究はニセコエリアにおける地域開発を議論する。
3.研究結果
まず登記情報を集計した結果,ヒラフ北部地区の専有部種類は12種類登録されており,最も多いのが「居宅」で451件であった.次いで多いのが「ホテル」で114件であり,「物置」47件,「店舗」27件と続いた.建物毎に集計すると,建物内に50件以上の「居宅」を有する建物は4棟存在した.これらの建物は一般的な宿泊予約サイトにも掲載されており,「居宅」で登録された部屋が宿泊施設としても利用されている.
次に各専有部の所有者の変化を見ると,表題部に記載された所有者の所在が,倶知安町で236件と最も多かった.次に札幌市が213件と多く,東京都が85件,オーストラリアが85件,神奈川県が49件,マレーシアが4件であった.しかし売買などを経た最終的な所有者は,最も多いのが中華人民共和国で210件,次にオーストラリアが101件,シンガポールが82件とアジア圏の所有者が増加している一方で,倶知安町が32件,札幌市が19件と激減している.これにより北海道のディベロッパーがヒラフ北部地区を開発し,専有部をアジア圏の富裕層に販売している実態が明らかとなった.
各建物の立地時期を年代別に分けて表示すると,多くの建物が2010年代に開発されたものということが見てわかる(図1).また西側から南側にかけて沢が存在するが,この沢に沿う形で建物が並んでいる様子もわかる.もともとヒラフスキー場は沢に挟まれた狭矮な土地であり,地形的制約から開発が拡大しにくいため,飛び地的に泉郷や樺山エリアが開発されてきた.しかし近年ではこの沢付近でも開発が行われる傾向があり,そうして開発された建物を多くの外国人が所有する実態が明らかとなった.
こうした地形は災害リスクも伴う.ヒラフ地区は沢地形のような急傾斜地が多いため,土砂災害エリアが設定されており,図1で示された多くの建物がこのエリア内に存在する.またこれらの建物には外国人オーナーはもちろん,宿泊施設としても多くの外国人が来る.こうした人たちに災害情報をどのように伝達するのか,また災害発生時にどのようにアプローチするべきなのかを検討する必要があると考えられる.