池中 良徳(イケナカ ヨシノリ) |
One Healthリサーチセンター 高度診断検査部門 |
教授 |
【背景・目的】農薬等の化学物質曝露は、異常タンパク質の蓄積やミトコンドリアの機能異常を原因とする神経変性疾患のリスク要因となる可能性が指摘されている。本研究では、細胞内のタンパク質分解を司るオートファジーおよびユビキチンプロテアソーム系に着目し、ピレスロイド系農薬デルタメトリン(DM)による神経毒性メカニズムの一端を解明することを目的とした。
【方法】Neuro2a細胞を1–100 µMのDMに曝露し、wst-8アッセイおよびフローサイトメーターを用いて生細胞数およびアポトーシス細胞数を測定した。ウェスタンブロットおよび免疫染色により各種オートファジーマーカー(LC3、p62)、ミトコンドリアマーカー(TOM20、UQCRC1)の発現量および細胞内局在を解析した。加えて、JC-10および定量的PCRを用いてミトコンドリアの機能および量的影響を評価し、ユビキチン化タンパク質量およびプロテアソーム活性の測定を行った。
【結果・考察】DM曝露により濃度依存的なLC3-IIおよびp62発現量の上昇がみられ、30 µM以上の濃度ではアポトーシス細胞数の増加が観察された。一方で、DM曝露によりUQCRC1発現およびmtDNA量が低下し、膜電位の脱分極を伴うミトコンドリア傷害が誘導された。加えて、DM曝露群の細胞質中においてドット上に凝集した各種マーカーが共局在することから、ミトコンドリアが取り込んだオートファゴソームが蓄積することが明らかとなった。DMによりユビキチン化タンパク質量は増加し、各種プロテアソーム活性は低下した。以上の結果から、DM曝露時においてはプロテアソーム活性の低下に伴い、傷害されたミトコンドリアを基質とするマイトファジーの活性が上昇していることが示され、両タンパク質分解系の不均衡状態がアポトーシス誘導に関与することが初めて明らかとなった。
【背景・目的】1990年代以降に農薬登録されたネオニコチノイドは昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChRs)に対するアゴニスト作用を示す新規農薬であるが、動物実験により哺乳類nAChRsを介して不測の影響を及ぼす例が報告されている。また、国内外における本農薬使用量の増加に伴い、ヒト尿からの検出率および検出量が急増している一方で、ヒトnAChRsに対する作用については十分に検証されていない。本研究では、ネオニコチノイド系農薬の1種クロチアニジン(CTD)がヒト神経芽細胞腫に及ぼすシグナル毒性的影響および作用機序を解明し、ヒト神経系に及ぼす未知のリスクを明らかにすることを目的とした。
【方法】ヒト神経芽細胞腫(SH-SY5Y)に1–100 µMのCTDを曝露し、細胞数の変化を計測するとともに、細胞内シグナル状態の変化から機能的影響を評価し、各種nAChRsアンタゴニストの作用を検討した。加えて、マイクロアレイを用いてCTD曝露による遺伝子発現プロファイルの変化を解析した。
【結果・考察】CTD曝露群においては、培養24時間後以降に濃度依存的な細胞数の増加がみられ、その作用は広域アンタゴニストである mecamylamineおよびα3β4特異的アンタゴニストであるSR16584により消失した。また、CTD曝露直後においては一過性の細胞内カルシウム濃度の上昇、ならびにERKリン酸化レベルの上昇がみられた。Gene Ontology解析およびパスウェイ解析の結果、検出された発現低下遺伝子群は「カルシウムイオン流入」や「糸状仮足形成」等の細胞機能に関与しており、「軸索誘導」や「細胞骨格」に関するパスウェイが変動していることが示唆された。以上の結果から、ヒト神経芽細胞腫においてネオニコチノイド系農薬が機能的影響を及ぼすリスクが初めて明らかとなり、そのメカニズムとしてヒトnAChRs α3β4を介した細胞内カルシウムシグナルのかく乱が関連することが示唆された。
ネオニコチノイド(NNs)は、現在世界で最も使用されている殺虫剤の一つである。特に日本では、果物や野菜における残留基準値が諸外国と比べ高く設定され、かつ複数種が使用されるため、全体的にNNsの摂取量が多いと考えられる。
そこで本研究では、日本人におけるNNs曝露実態を明らかにする事を目的に、新生児、幼児を含む延べ数百人から尿を採取し、尿中に含まれる7種のNNs(アセタミプリド、イミダクロプリド、チアメトキサム、チアクロプリド、ニテンピラム、クロチアニジン、ジノテフラン)及び代謝物(N-デスメチルアセタミプリド)をLC/MS/MSで定量した。更に、得られた尿中データより、推定摂取量を算出し、一日摂取許容量(ADI)と比較した。
分析の結果、日本人の尿から何らかのNNsが検出され、特に、N-デスメチルアセタミプリド(90%)、クロチアニジン(50%)、ジノテフラン(50%)の検出頻度が高かった。一方、尿中濃度から推定した各NNs摂取量は、10~50 µg/dayであり、ADIに比べアセタミプリドで最大1%程度、他のNNsは1%未満であった。更に本研究では、生後48時間以内の新生児の尿も分析した。その尿中濃度は‹LOD~0.7 ng/mLと極めて低かったが、分析した57サンプルのうち14サンプルから検出された。
本研究の結果、多くの日本人は胎児を含めNNsの曝露を受けていることが明らかにされた。NNsの慢性低濃度曝露の健康影響については、胎児移行のメカニズムや神経発達を含む毒性に不明な点が多いが、最近の報告においてNNsは現在のNOAELの1/10程度の曝露でも実験動物に対し不安などの情動認知行動に影響を与える事が示されている。
NNsの毒性について、再度リスク評価を実施した上で、継続的なモニタリングを行う必要がある。
近年、ペット動物に対するポリ塩化ビフェニル(PCBs)および水酸化代謝物(OH-PCBs)の曝露による甲状腺ホルモン(THs)の恒常性への影響が注目されている。本研究ではPCBs曝露がペット動物のTHs恒常性に及ぼす影響を明らかにするため、イヌ・ネコのPCBs投与試験を実施し、PCBs曝露に伴う血清中THs濃度の変化を解析した。
PCBs投与後から5日間、継続的に血清を採取し、THs濃度の変化を解析した結果、ネコ血清中THs濃度は、総THs、遊離型THsともに対照群と投与群の間に有意な変化は認められなかった。一方、イヌ血清中総THs濃度は投与群において、総L-サイロキシン(T4)と総3,5,3'-トリヨード-L-サイロニン(T3)の減少傾向がみられ、総PCBs濃度は総T4、総T3濃度と有意な負の相関を示した(p < 0.01)。一方、遊離型T4、遊離型T3濃度では、対照群と投与群の間に経時的な変化は認められなかったが、曝露後48、96時間目で有意に増加した(p < 0.05)。加えて、遊離型T4濃度は総OH-PCBs濃度と正の相関を示し(p < 0.01)、異性体別ではT4様構造の高塩素化OH-PCBsで同様の傾向が認められた。上記の結果および先行研究から、PCBs曝露によるイヌ血清中THsへの影響を推察した。PCBsがT4様構造のOH-PCBsへ代謝されてTHs輸送タンパクに競合結合し、結合できない遊離型T4が血中に増加することで、THsの臓器・組織への取り込み量が増加したと予測される。その結果、イヌ肝臓中のTHs濃度は増加し、PCBs曝露により肝臓中のAhR・CARが過剰に誘導されることで、UGTおよびSULTが誘導され、THsの抱合化を促進することで体外排泄量が増加し、血清中総T4、T3が減少したものと推察された。