ヒメワモン属 Faunis はタテハチョウ科ワモンチョウ亜科に属する小型の一群であり,インドの一部や中国からスンダランド,フィリピン諸島,スラウェシ島にかけて約 12-15 種が分布する.メナドヒメワモン F. menado はスラウェシ島およびその周辺の島嶼部にのみ分布する固有種であり,前翅長はオスが約 39 mm,メスが約 43 mmと,本属においてはスラウェシ特有の大型化が見られる.
本種はスラウェシ地域のみにおいて9 つもの亜種を含んでいることは特筆に値する.各地域における亜種内個体変異および亜種間での変異が大きく,それゆえ分布境界も曖昧 である.そこで,スラウェシ本島に生息する5 亜種について,雌雄交尾器にくわえ翅形・斑紋などの外部形態を検討した.その結果,まず♂交尾器の特徴によって F. menado を整理すると,北部亜種 menado を中心に含むタイプと南部亜種 chitone を中心に含む,2 つのタイプ(形態タイプ)に大別できることが判明した.たとえば,♂交尾器は menado タイプではウンクスが強く腹方に湾曲して,バルバ先端は徐々に細まるのに対し,chitone タイプではウンクスはより弱くまた一様に湾曲し,バルバ先端は急に細くなる.さらに♀交尾器も 2 タイプに分けられ,menado タイプではラメラ・ポストバギナルプレートの先端が丸みを帯びるのに対し,chitone タイプではより尖って後方に突出する傾向が見られた.♂交尾器に見られた差異は,ボルネオ・スマトラに同所的に分布する近縁の 2 種,F. canens と F. stomphax の間に見られる♂交尾器の差異と同程度の大きさだった.
上記の交尾器による分類に基づいて標本を分けた結果,さらに翅の斑紋形態に関してもこれらの 2 タイプに対応した安定した差異が観察された.大きな違いとしては第一に,翅裏の地色に関して,menado タイプは暗褐色であるのに対し,chitone タイプは明るい黄褐色である.後翅裏面の第2 室と第6 室に大きな眼状紋を一つずつ有するが, menado タイプは第2 室の眼状紋がより大きいのに対し,chitone タイプでは第6 室でより大きくなることが挙げられる.その他の斑紋の特徴も踏まえ総合的に判定するならば必ずいずれかのタイプに容易に判別可能である.
筆者らの現地調査では実際に,スラウェシ本島中南部においてこれら 2 タイプの分布域にオーバーラップが見いだされた.しかしこれらは巨視的な地域としての重複ではあるものの,完全に同所的に生息しているわけではないことが予想される.たとえば,同じ山塊における 2 タイプの生息域を比較すると,menado タイプは高標高に生息するのに対し,chitone タイプは低標高に生息していることが観察された.さらにこの 2 系統の生態に関して,menado タイプは林床など暗い環境に生息しているのに対し,chitone タイプは比較的明るい林縁環境に生息している.この事実は,翅裏面の地色と整合性があることに加え,オーバーラップ域における棲み分けを示唆している.以上の諸点から, menado タイプと chitone タイプの 2 タイプが別種(形態種)となる可能性を支持する結果となった.
今後の研究課題として,今回スラウェシ本島内で唯一入手できなかった亜種 fruhstorferi の検討,まだ解明されていない北部亜種 menado タイプの幼生期の解明,亜種間の系統関係および近縁種,特に近縁とされる Faunis stomphax と Faunis sappho との系統解析などが挙げられる.