日本学術振興会:科学研究費助成事業
研究期間 : 1993年 -1995年
代表者 : 西村 紳一郎, ラッキエビッチ B, ポロビンスキー S, リップシモノビッチ B, ウルバンチェク G, ショスランド L, ツーラ M, クチャルスカ M, ダトキエビッチ J, 高井 光男, 西 則雄, 戸倉 清一, 東 市郎, リップシモノビッチ B., ラッキエビッチ B., ウルバンチェク G., ボロビンスキー S., ショスランド L., ツーラー M., クチャルスカ M., ダトキエビッチ J., ツーラ M.
平成5年度および6年度に得られた基礎的データをもとに応用・実用化に向けた以下の各項目を詳しく検討した。
(1)これまでに合成された各種硫酸化キチン誘導体・キトサン誘導体の抗血栓性ならびに抗エイズウイルス活性等を精査する。これらのデータをもとに合成高分子表面のコーティング素材としての適性を確認する。
(2)人工血管素材となり得るキチン中空系を製作するための新手法を開発する。とくに,これまでに見られない新しい安全な溶媒系の発見に努力する。また,この繊維の力学物性をはじめ生体適応性・抗ウイルス性などの基本物性を評価する。
(3)小動物・大動物の体内にこれらキチン・キトサン由来の医用材料を埋めこんだ際の免疫反応・炎症反応に関するデータを蓄積する。
【方法・研究経過】
(1)西村らにより始めて開発されたN-フタロイル化法にもとずく,キトサンの有機溶媒への可溶化法を利用して,有用な鍵中間体である6-0-ナリチルキトサンと6-0-トリチルキチンを硫酸化後,脱トリチル化して,3位のみ,あるいは2,3位の硫酸化された新しい硫酸化多糖を位置選択的に合成した。これらの構造はNMR,とくに^<13>C-NMRにおける環炭素シグナルの硫酸化による顕著な低磁場シフトにより確認できた。
(2)上記の新しい硫酸化多糖の抗血栓性を主としてアメリカ薬局方に記載された実験方法に従って評価した。その結果,6位への硫酸化による6S体で92.6unit/mg,3位への置換体である3S体で2.8unit/mg,さらに,2位と3位への置換体である23S体で3.4unit/mgの抗血栓性を示した。これは,この活性が硫酸基の量ではなく,6位の第1級水酸基側への置換が有効であり,以然に発見した一連のヘパリノイドの性質に矛盾しない。一方,2位,あるいは3位の面(Face)への硫酸化では全くこの活性が見られない事から,少なくともトロンビンへの結合については6位硫酸基の存在が必須である事が明確となった。
(3)これらの抗エイズ活性をin vitroでチェックしたところ,逆に23S体および3S体が各々0.14μg/mL,4.83μg/mLという低濃度で抗エイズウイルス活性を発現したのに対して,6S体では28.5μg/mLを必要とする事から,エイズウイルスの主要なエンベロープタンパク質であるGP-120の塩基性配列部分への効果的な結合にとってはC-2位とC-3位の側の硫酸基が重要な因子となっている事が初めて確かめられた。この活性は,これまで高いエイズウイルス感染阻害活性が知られているカードラン硫酸に匹敵する程の高い活性であった。現在,in vivoにおける実験および安全性・毒性試験等を検討中であるが,今後,極めて有望な医薬・人工臓器表面被覆剤に応用される可能性が高い。
(4)ポーランド側ウッジ工科大学グループではキチン系化合物の成型・加工法についての改良・大巾機能向上を目的とした紡糸装置および膜物生評価装置等が開発された。これらの手法により,キチン等の多糖系繊維の大量かつコンスタントな物性を持った調製が可能となった。一方,戸倉はキチンの新しい溶媒として塩化カルシウム-メタノール系を発見した。この系は,中性であるため,主鎖の分解は全く越らず,温度を60℃程度で数日混合・撹拌するだけで均一で粘稠な溶液を得る事を見出した。この発見により,キチンの紡糸は飛躍的に簡素化できた。これらの手法を駆使して現在,中空糸開発の研究が進行中であり,今後,人工血管材料への応用が急速に実現化するものと考えられる。
以上,新規キチン硫酸の開発と繊維科学のハイブリッド化により,生体適合性医用多糖の研究指針となる大きな研究成果が得られた。