植物プランクトンの異常増殖によって引き起こされる赤潮は、養殖魚の大量斃死や二枚貝の毒化等により水産業に甚大な被害をもたらす。一方、海洋環境中には赤潮原因藻類を殺滅する活性を有する殺藻細菌の存在が知られており、また赤潮の消長と殺藻細菌の分布には相関が見られることから、殺藻細菌が実際に環境中で赤潮発生の抑止力となっていると推測されている。それら殺藻細菌の利用は赤潮の生物学的防除策として注目されているが、そのメカニズムについては未解明な点が多く、効率的な防除策の開発にはより多くの知見が必要である。
そこで、赤潮発生域である広島湾海水から分離され、珪藻・渦鞭毛藻・ラフィド藻等の多様な赤潮原因藻類に対し殺滅活性を示すAlteromonas属細菌DおよびK株1(図1)を対象とし、赤潮殺滅機構、海洋環境中での赤潮抑制機能、および効果的な化学・生物学的防除法の開発を目標に、殺藻物質の同定と機能解析を試みた。
1. 殺藻物質の精製と構造決定
海洋細菌Alteromonas属D株を海水ベースの培地で培養後、培養上清に殺藻活性を確認した。活性物質を固相抽出し、各種クロマトグラフィーにより活性を指標に分画を進め、最終的に逆相HPLCにより440 nmに特徴的な吸収極大を示す化合物1を主要活性物質として得た。また、同様のUVスペクトルを示す3つのマイナー成分(化合物2-4)も合わせて精製した。
高分解能質量分析 (HRMS) およびNMR解析から、化合物1の分子式をC12H8N2O2と決定し、さらにNMRスペクトルを文献値と比較し、化合物1を既知のフェノキサゾン誘導体である2-aminophenoxazin-3-one(APO)と同定した(図2)2。これはコムギやライムギ等の陸上高等植物が生産するアレロパシー物質としての報告があり3、またHalomonas属などの細菌から抗微生物剤としても報告されている4。
図2.Alteromonas属由来殺藻物質APO (1) および新規誘導体2-4。
化合物2の分子式はC12H7N2O2Brと決定され、化合物1の臭素置換体と考えられた。APO (1)とプロトンNMRスペクトルを比較したところ、化合物1の6.3-6.4ppmの二つのシングレットピークが化合物2では一つになっていることから1位もしくは4位がBrに置換されていると推測された。また、HMBCスペクトルにおいて6.4ppmの1Hから2位 (149.5 ppm) および12位 (145.6 ppm) に相関が見られたことから、1位が臭素化された構造と決定した(図2)。
HRMSおよび一次元NMR測定の結果から化合物3および4の分子式はそれぞれC13H10N2O3SおよびC13H10N2O2Sと決定された。NMRスペクトル解析により、化合物2同様に1位が置換されており、さらに両化合物で新たなメチルシグナルが観測された。また、メチル基水素から1位の炭素へのHMBC相関が確認されたことから、これらの構造を化合物1のメチルスルホキシド体およびメチルスルフィド体と決定した(図2)。化合物2-4はいずれも新規化合物であった。
2. 生物活性
化合物1および2について、赤潮原因藻類の一種であるラフィド藻Chattonella antiquaに対する生育阻害活性を評価した。C. antiquaを試験管中で培養し、培養開始1日目に化合物1を各濃度で
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神経には多様なイオンチャンネル型受容体、代謝調節型受容体、そしてイオンチャンネルが存在し、神経伝達や恒常性の維持を担っている。脳をはじめとした中枢神経はこれらが集中する器官であるといえる。我々は、海洋生物の抽出物をマウスの脳室内に投与し行動変化を観察することで、受容体・イオンチャネルに作用する化合物を探索してきた。海綿・ホヤを中心とした501種の水抽出物のスクリーニングを行った結果、パラオ産Didemnidae科ホヤにマウスの自発行動を抑制する活性を見出した。そこでこの活性を指標に精製を進めたところ、新規ジヒドロイソキノリンアルカロイドであるオピオイド受容体アゴニストdopargimine(1)およびセロトニン受容体アンタゴニストmellpaladine(Mell)A-F(2-7)、既知化合物4-guanidino butyric acid(8)を得た(Fig. 1)。さらに、複数の硫黄原子が付加したドーパミン様構造を持つ既知化合物群であるlissoclibadin類(9)も多数確認した。本発表では、これらの単離・構造決定および生理活性、推定生合成経路について報告する。
【Mellpaladine類及びDopargimineの単離】パラオ共和国で採取したDidemnidae科ホヤ(Pal 300)の冷凍保存試料を水で抽出し、抽出物を透析、低分子・高分子画分を得た。低分子画分にマウスに対する活性が認められたため、ゲルろ過カラム(Sephadex LH-20,H2O-0.05 %TFA,MeOH-0.05%TFA)、逆相カラム(Wako C18,H2O-0.05 %TFA,MeOH-0.05 %TFA)に供したのち、逆相HPLCで精製したところ、活性成分としてMell A-F(2-7)を得た。またMell類以外の新規活性成分としてdopargimine(1)を得た。また分離の過程で4-guanidino butyric acid(8)を得た。
【Dopargimine(1)の構造決定】Dopargimine(1)の分子式はHR-ESI-MSおよび13C-NMRスペクトルによりC13H18N4O2と推定した。1H-NMRスペクトルの解析により2つのシングレット芳香族プロトン、1つのヘテロ原子に結合したプロトンなどを含む13個のプロトンが観測された。13C-NMRスペクトルでは8個のsp2炭素と5個のsp3炭素が観測された。HMBCスペクトルにおいて芳香族プロトンd 6.80(H-5)からd 116.1(C-8a)、d 145.7(C-7)、d 155.3(C-6)に、またd 7.44(H-8)からd132.8(C-4a)、d 145.7(C-7)、d155.3(C-6)に相関が観測されたこと、酸素原子が置換したと考えられる炭素がd 145.7(C-7)とd155.3(C-6)に観測されたことから2置換カテコール構造を持つと推定した。これはTLC上、1がFeCl3で呈色されたことからも支持された。さらに、COSY、HMBCスペクトルの解析の結果、3,4-ジヒドロイソキノリン骨格が構築されていると推定した。側鎖の構造はCOSYおよびHMBCスペクトルより3つの連続したメチレンCH2-9~11およびNH-12のイミンC-1のスピン系が推定された。また、1は坂口反応で赤色に呈色すること、およびアセチルアセトンと反応することでピリミジン誘導体1aを与えたことからC-13(d 157.6)はグアニジン基であると同定した。さらに1をNaBH4で還元したところジヒドロ体1b(C13H20N4O2)が生成し、C-1(d176.5)がd 53.1にシフトしたことよりイミンの存在を確認した。ジヒドロ体1bのNMRデータ
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シデロフォアは微生物が産生する鉄の獲得に関与する化合物群であり、生物利用可能な鉄が不足する環境中において、多くの微生物が多様なシデロフォアを産生する。分離培養が困難な環境微生物の中には、他種微生物が産生した外因性のシデロフォアを自身の成育に必須とするものが報告されている。1また、シデロフォアは微生物の宿主への感染・共生等の成立にも関与し、2さらには競合菌の遊泳阻害活性を持つものなども報告されている。3この様に、シデロフォアは微生物のケミカルコミュニケーションにおいて重要な働きを持つと考えられる。
一方、海洋無脊椎動物由来の多様な生理活性物質の多くは共生微生物が産生していると考えられているが、その多くは分離培養が困難である。それら難培養共生菌が利用するシデロフォアを明らかにすることができれば、共生菌の生態の理解、さらには培養可能化につながると期待される。そこで、微生物を分離培養することなく、直接全てのゲノムDNAを取得し解析するメタゲノム法を用いて、海洋無脊椎動物中におけるシデロフォア生合成遺伝子の解析と、その生産物の同定を試みた。
Figure 1. 主なカテコール型シデロフォアの構造。
1.海洋メタゲノムライブラリの構築とシデロフォアスクリーニング
日本沿岸各地で採集した海洋無脊椎動物を断片化後、バッファーあるいは海水中で組織を圧搾し滲出液を得た。遠心分離後、得られたペレットを溶菌バッファーで処理し、アルコール沈殿することで粗メタゲノムDNAを得た。その後、得られたDNAをフェノール/クロロホルム処理、CTAB処理等により精製し、アガロースゲル電気泳動により高分子量DNAを得た。その後、フォスミドベクターを用いクローニングする事で、平均インサートDNA長が約35 kbpで約50万クローンからなる海洋メタゲノムライブラリを構築した(Figure 2)。
作成したメタゲノムライブラリに対して、Chrome Azurol Sを用いたシデロフォア活性スクリーニングを行ったところ、4合計52個のシデロフォア生産クローンを見出した(Figure 2)。得られた活性クローンについて、そのシデロフォア生合成遺伝子クラスターの一部を解析したところ、カテコール型、ヒドロキサム酸型、カルボキシレート型など様々なタイプのシデロフォア生合成遺伝子に相同性を示したことから、本手法によって多様なシデロフォア生合成遺伝子の取得と生産が可能であることが示された。しかしながら、既知の生合成遺伝子クラスターと全く同じものは存在せず、実際の生産物の同定は断片的な配列情報からだけからでは困難であった。
Figure 2. 海洋無脊椎動物からのメタゲノムライブラリの構築とシデロフォアスクリーニングの概要。
2.海綿メタゲノム由来シデロフォア生合成遺伝子クラスターの解析
生産物の同定を目的に、生合成遺伝子全体の解析と化合物の生産研究を行った。熊本県天草産の未同定海綿メタゲノム由来の活性クローンについて全長配列35,554 bpを決定したところ、得られたDNA配列は海洋細菌であるVibrio furnissiiのものと90%程度で一
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シデロフォアは微生物が産生する鉄キレート能を有する化合物群である。生物利用可能な鉄が不足している自然環境において、微生物はシデロフォアを用いて必須元素である鉄を獲得している。1シデロフォアには医薬品として利用されるものもあり、また土壌や水質の改良剤としても期待されている。一方、微生物の中には他種の微生物が産生した外因性シデロフォアを自身の生育に必要とする種が数多く存在し、シデロフォアを介した微生物間の多様なコミュニケーションが存在する。2
本研究グループでは環境中から微生物遺伝資源を網羅的に取得するメタゲノム法を用いて、シデロフォア生合成遺伝子の探索と異宿主生産を試み、その結果N-hydroxy-N-succinyl cadaverine (HSC, 1) を構成単位とするシデロフォアの一つ、bisucaberin (2) の生合成遺伝子の取得と大腸菌での生産を報告している。3これまでにHSC型シデロフォアは複数知られており(Figure 1)、免疫抑制活性、マクロファージによるガン細胞溶解活性の増強等の様々な生物活性が報告されており、またそのいくつかは生合成遺伝子も取得されている。4しかしながら、生合成における縮合回数および大環状化の制御機構などは全く不明であり、その解明は酵素によるポリマーを含む望む多量体の構築、大環状化合物の生産を行うための基盤情報となる。
その様な中、パラオ産海綿由来細菌がこれまで微生物産物としては報告されていないHSC型シデロフォアを生産している事が示唆された。そこで、HSC型シデロフォアの構造多様化機構に関する知見を得ることを目的に活性物質の同定、およびその生合成遺伝子のクローニングを行ったので報告する。
Figure 1. N-hydroxy-N-succinyl cadaverine (1) と1を構成単位とするシデロフォア。
1:Bisucaberin Bの単離と構造決定
パラオ産海綿から分離した細菌に対して金属呈色試薬であるChrome Azurol Sを用い、シデロフォア生産活性を指標にスクリーニングを行ったところ、顕著な活性を示す株を見出した。得られた細菌の16S rRNA配列1444 bpを解析したところ、バクテロイデス門に属するTenacibaculum mesophilum NBRC16307 (accession number, AB681058) と完全に一致したため、同属同種であると判断した。
T. mesophilumを海水をベースとした培地で振とう培養後、シデロフォア活性を指標に培養上清の分画を進めたところ、単一の活性成分としてbisucaberin B (2, 38.9 mg/L) を得た。化合物2の1Hおよび13C NMRスペクトルを解析したところ、多くのメチレンシグナルを確認し、またメチレン炭素以外はカルボニル炭素のみ存在する事から、本化合物はHSC (1) を構成単位としたシデロフォアである事が示唆された(Table 1)。Bisucaberin (3) やdesferrioxamine E (4) のような大環状HSC型シデロフォアは、対称構造から単量体様のスペクトルを示すのに対して、化合物2は二組のHCSシグナルが分離して観測された事から、非対象構造を有していると考えられた。また、高分解能ESIMSにより決定したその分子式は環状二量体である化合物3よりH2O分大きい事から、本物質の構造を化合物3 のアミド結合が加水分解した非環状二量体であると推
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