環境地理学、地形学、滝・遷急区間、ランドスライド、ジオコネクティビティ、地形空間解析、高精細地表情報、地考古学
流域源頭部では,土砂の風化等による生産と豪雨による土石流形態での流出が長期間継続する場合がある。土石流は,しばしば谷出口の扇状地の侵食による発達によって,大量の土砂や流木を運搬し,下流での被害を引き起こす。しかしながら,そのような扇状地の侵食を伴う土砂流出の発生条件は明らかになっていない。本研究では,静岡県大谷崩一の沢において,2年間で発生した8つの土石流イベントについて,UAVによる扇状地の地形測量と扇頂での土石流の流入波形の計測を行い,扇状地における侵食の発生条件を調べた。前半4つのイベントでは,全ての段波が扇状地中央に位置する既存の流路内で堆積したが,その後の2つのイベントでは段波の流下方向の変化に伴う顕著な侵食が発生し,それぞれ左岸または右岸側に幅10 m程度の新たな流路が形成された。これらの侵食の発生前には,段波の流下距離の低下によって,扇頂付近の急勾配化が生じていた。また,侵食を引き起こした土石流イベントでは,段波の継続時間と流動深が比較的高かった。これらは,源頭部からの土砂流出が,発生域での土石流の規模だけでなく,扇状地の扇頂付近の地形条件の影響を受けることを示唆する。
従来、等高線の判読による地形学習の難しさが指摘されてきた。そこで、効率的な地形判読のために、GISを用いた2Dもしくは3Dの地形の可視化や、アナグリフ等の手法が活用されている。さらに、等高線に沿って切り抜いた厚紙等を積み重ねて地形を再現した地形模型も、古くから地理教育に活用されてきた。この種の地形模型は、比較的低予算で自作ができ、特殊な器具を必要とせず、誰もが直感的に地形を理解できるといった利点がある。しかし、精巧な模型の作成には長時間の作業を要し、高精細な地形情報がないと対象の地形が詳しく再現できない等の課題もあった。
最近、3Dプリンタの低価格化により、精巧な模型をデジタルデータから比較的容易に造形できるようになった。地形模型の元となる高精細な標高データも、UAVs(Unmanned Aerial Vehicles)等によって取得しやすくなった。そこで演者らは、高精細な標高データや基盤地図情報を用いて地形模型の3Dプリントを試みた。また、小中高生、大学生、一般市民向けに地形模型を活用した授業や展示を実践し、模型の教育的活用の手法と教育効果を検討した。
本研究では最初に、地形模型の3Dプリントを最適化する方法を明らかにするために、地域、起伏、スケール、データ取得法などが異なる複数の模型の3Dプリントを行った。この際には熱溶解積層法の3Dプリンタと、単色のABS樹脂を使用した。3Dプリントは積層の厚みによって模型の精巧さが変わるため、全ての事例について積層の厚さを0.3 mmに統一した。
3Dプリントには、元データの適切な利用や、安定した造形のための技能が必要となる。地形模型の3Dプリントでは、上記に加えて対象とする地形の特徴も考慮すべきである。たとえば、起伏が小さい地形をそのまま模型にすると、凹凸が把握しにくくなる。そのため、起伏の明瞭な範囲のみを拡大したモデルの生成や、高さの誇張といった処理が必要となることがある。また、模型を出力する方向で積層数に違いが生じ、表面が異なる形状となる点にも注意が必要である。模型の地形を水平方向に出力する造形では、積層される上の層とその下の層の水平方向の範囲の差が、表面形状に強く影響する。小起伏の平野部では、上記の差が大きくなってしまい、地形の表現に向かない。一方、山地部では上記の差が小さく、各層が階段のような適度な間隔となり、地形の適切な造形になる。一方、地形を垂直方向に出力すると、前者よりも全体の積層数が多くなるため、平野部を含めて模型の表面を滑らかに造形できる場合が多いが、前記した厚紙等を用いた古典的な地形模型の特徴は再現されないなど、不自然に見える面もある。以上のように、地形模型の3Dプリントには考慮すべき点が多いため、事前に地形の見せ方や解説する点を明確にした上で実行することが望ましい。
次に演者らは、地形模型の効果的な活用手法を検討するための授業の実践や、地形模型を展示するイベントを行った。これらの事例では、高精細な地形情報に基づく地形模型が、対象者の関心を得やすい傾向があった。一方で、高精細なデータを用いると対象範囲が狭くなるために、周辺の地形を含めた地形の成り立ちや、地形の特徴を解説しづらいといった課題もあった。したがって、周囲を含む広範囲の模型も基盤地図情報等を用いて作成し、両者を共に利用することが有効と考えられる。
演者らは、地形模型の教育効果を検証するために、高校生と大学生を対象としたテストを行った。テストの際には、地形模型とともにGISを用いて地形を表現した図も複数用意し、効果を比較した。具体的には、地理院タイル(標準地図)に陰影図を重ねた図、CS立体図、TPI(Topographic Position Index)と傾斜値によって尾根線を強調し陰影を加えた図(尾根線強調図)を用意した。テストは5問あり、各図と模型を用いて地形を読み取って標高や傾斜の違いを答えたり、特定の地形の範囲を地図に示したりした。
地形模型の利用者の正答率は、地形の起伏の大小と関連していた。地形模型は、山地の標高の変化や傾斜の緩急の違いの把握に適する傾向があった。一方で、小起伏の地形を模型で判読した際の正答率は低かった。具体的には、扇状地が複合的に発達する地域や、複数の前方後円墳が点在する地域の模型から、特定の範囲を判読する問である。小起伏の地形の判読には、CS立体図や尾根線強調図のような起伏を強調した図の方が有効であった。上記のようなテストの結果には、地形や模型に関する多様な要素が影響すると考えられる。今後は、地形の抽出範囲と起伏との対応の定量化や、表面にテクスチャを重ねられるフルカラーの3Dプリントも利用し、地形の教育に適した地形模型の検討を進める予定である。