遠山 晴一(トオヤマ ハルカズ) |
保健科学研究院 保健科学部門 リハビリテーション科学分野 |
教授 |
【はじめに,目的】
歩行中の大きな外的膝内転モーメント(KAM)が変形性膝関節症(KOA)の発症および進行に関連することが報告されている。我々は,臨床で一般的に用いられる片脚立位動作に着目し,本動作中のKAMおよび支持側方向への骨盤・体幹傾斜が歩行時のKAM最大値に関連することを報告してきた。しかしながら,これまでの報告は健常成人を対象にしておりKOA患者での検討が課題であった。したがって本研究の目的は,片脚立位動作における生体力学的指標が歩行時のKAMに与える影響をKOA患者で検討することとした。
【方法】
対象は,KOA患者7名(女性7名,68.3±7.3歳,152.4±8.4cm,57.7±18.1kg)とした。動作課題は自然歩行と片脚立位への移行動作(以下,片脚立位課題),自然立位とし,赤外線カメラ6台と床反力計2枚の同期により記録した。片脚立位課題の開始肢位は自然立位とし,音刺激後出来るだけ速く片脚立位になるよう指示した。解析区間は音刺激から足底離地後1秒までとした。体表マーカーはHelen Hayes Setを用い,第2胸椎棘突起を追加した。歩行課題と片脚立位課題でのKAM最大値,片脚立位課題での骨盤・体幹傾斜角度の最大値,膝関節レバーアーム長,自然立位での膝内転角度を算出し,骨盤・体幹傾斜は立脚側への傾斜を正とした。統計は,歩行中のKAM最大値とそれぞれ①片脚立位課題でのKAM最大値,②片脚立位課題での骨盤・体幹傾斜角度,③片脚立位課題での膝関節レバーアーム長,④自然立位での膝内転角度との相関をPearsonの積率相関係数を用いて検討した。有意水準は5%未満とした。
【結果】
歩行時KAM最大値と片脚立位課題でのKAM最大値(r=0.83,p<0.05)および自然立位での膝内転角度(r=0.82,p<0.05)と有意な相関を認めた。また,統計学的に有意では無かったが歩行時KAM最大値と片脚立位課題での膝関節レバーアーム長が中程度の相関を示した(r=0.55,p=0.20)。歩行時KAM最大値と片脚立位課題での骨盤・体幹傾斜角度との間に相関は認められなかった。
【結論】
本研究では健常成人を対象とした我々の先行研究と同様,両課題中のKAMが相関した。本研究結果は片脚立位課題が歩行中の生体力学的挙動を反映する動作課題であることを示唆した。一方で,片脚立位課題での骨盤・体幹傾斜角度は歩行時KAMと有意な相関を認めず,我々の先行研究と異なる結果を示した。KOA患者では膝内転角度が歩行時KAMに与える影響が大きかったためと思われた。また,本研究は歩行時KAMに片脚立位課題中の膝関節レバーアーム長が関連する可能性を示唆した。レバーアーム長には骨盤・体幹傾斜角度や膝内転角度,足圧中心の位置,股関節内転・内旋等が関連するといわれている。本研究課題のKOA患者への応用では,体幹・骨盤の運動学的挙動の他に,他の要因も考慮に入れた評価が必要であると思われた。今後は症例数を増やして検討を継続する必要がある。
【はじめに,目的】
体幹ローカル筋群に含まれる腹横筋や内腹斜筋は,体幹回旋を伴う上肢運動課題にて主動作筋よりも早期に筋活動を開始し腰仙部の安定性に貢献すると報告されているが,近年体幹回旋を伴わない上肢運動課題においては筋活動開始時点(onset)が主動作筋よりも遅延することが示された。このことから体幹回旋と体幹ローカル筋群のonsetは関連していることが推察されるが,この関連について検討した先行研究は少なく一致した見解は得られていない。よって,本研究の目的は体幹回旋を伴う異なる上肢運動時の体幹ローカル筋onsetについて調査することとした。
【方法】
対象は健常男女13名(21.4±1.5歳,167.2±9.6 cm,57.5±9.3 kg)とした。筋活動の測定にはワイヤレス表面筋電計(日本光電社製)をサンプリング周波数1000 Hzで使用し,対象筋は両側の三角筋前部線維,内腹斜筋-腹横筋重層部(IO-TrA)とした。動作課題は以下の7つとした;体幹右回旋を伴う課題として①右側肩関節屈曲運動,②右側肩関節屈曲+左側肩関節伸展運動,③両手に1 kgの重錘を把持した右側肩関節屈曲運動+左側肩関節伸展運動,体幹左回旋を伴う課題として④左側肩関節屈曲運動,⑤左側肩関節屈曲+右側肩関節伸展運動,⑥両手に1 kgの重錘を把持した左側肩関節屈曲+右側肩関節伸展運動,さらに非体幹回旋課題として⑦両側肩関節屈曲運動を行った。各課題を聴覚刺激後,最大速度にて5試行実施した。onsetはベースラインの筋活動を1SD上回り50 msec持続した始めの時点とし,三角筋前部線維のonsetからIO-TrAのonsetを特定した。統計解析は課題間での比較に反復測定一元配置分散分析を使用し,post-hoc testにはTukey法を用いた。統計学的有意水準は5%とした。
【結果】
左側のIO-TrAのonsetは,体幹右回旋を伴う課題(動作課題①,②,③)において早期に生じた(p<0.05)。対照的に,右側のIO-TrAのonsetは,体幹左回旋を伴う課題(動作課題④,⑤,⑥)において早期に生じた(p<0.05)。しかし同方向の体幹回旋を伴う課題間にて有意差は認められなかった。
【結論】
本結果より,体幹回旋方向とは逆側のIO-TrAのonsetが他の課題におけるonsetよりも早期に生じることが示された。これは,回旋方向とは逆側のIO-TrAの筋活動を早期に開始することで腰仙部の安定性を獲得し,より安全な課題遂行に寄与した結果であるかもしれない。また本結果では同方向の体幹回旋を伴う課題間にて有意差は認められなかった。本研究において体幹回旋モーメントの算出はしていないが,先行研究により本研究で用いた課題間で体幹回旋モーメントが異なることが報告されていることから,IO-TrAのonsetは体幹回旋モーメントに依存しない可能性が考えられる。したがって,IO-TrAのonsetは体幹回旋方向に影響され,体幹回旋モーメントとは関連しないのかもしれない。
【はじめに,目的】
変形性膝関節症(以下,膝OA)は高齢者の生活の質(以下,QOL)を低下させる主な要因の1つといわれている。近年,膝OA症例においてバランス能力が低下していることが数多く報告されてきた。膝OA症例におけるバランス能力低下は,QOLの低下を導く一因であると考えられ,過去にも検討されているものの一致した見解は得られていない。これらの先行研究の多くは静的バランスを動作課題としており,動的バランスとの関連を検討した研究は少ない。比較的日常生活動作に近いと思われるFunctional Reach Testのような動的バランス評価が,膝OA症例のQOLをより反映する可能性があると思われるが,その関連は不明である。したがって本研究の目的はFunctional Reach Testが膝OA症例のQOLと関連するかを明らかにすることであった。
【方法】
対象は膝OAと診断された女性8名(69.4±7.4歳,152.4±7.8cm,57.5±19.9kg)であった。動作課題はFunctional Reach Testとし,動作計測にはカメラと三次元動作解析装置(Motion Analysis社製),床反力計(Kistler社製)を用いて行った。また反射マーカーを手関節中央部に貼付した。得られたデータからFunctional Reach Test時の前方へのリーチ距離と足圧中心(以下,COP)移動距離を算出した。QOLの評価には,日本版変形性膝関節症患者機能評価表(以下,JKOM)を用いた。合計点および各下位項目(膝の痛みの程度・膝の痛みとこわばり・日常生活動作の状態・ふだんの活動など・健康状態について)を計算した。統計にはSpearmanの順位相関係数を用いて,Functional Reach Test時の前方リーチ距離・前方COP移動距離と,JKOM合計点および各下位項目との相関を検討した。有意水準は5%未満とした。
【結果】
Functional Reach Test時の前方COP移動距離とJKOM合計点(R=-0.73,P=0.04),および下位項目である「膝の痛みとこわばり」(R=-0.75,P=0.03),「日常生活動作の状態」(R=-0.76,P=0.03)との間に有意な相関を認めた。前方リーチ距離では有意な関連を認めなかった。
【結論】
本研究はFunctional Reach Test時の前方COP移動距離の減少と,膝OA症例のQOL低下が関連することを明らかにした。QOL低下を認める膝OA症例では動的バランスが低下している可能性を示唆した結果と考えられる。近年,膝OA症例では転倒リスクが高いことが報告されており,膝OA症例のバランスに対する理学療法の重要性が示唆されている。本研究結果より,QOL改善の観点からも膝OA症例に対するバランスに対するアプローチが重要であると思われた。一方,臨床現場でしばしば使用されるFunctional Reach Test時の前方リーチ距離では有意な関連を認めなかった。膝OA症例のバランス評価においては前方COP移動距離の計測がより有用である可能性が考えられた。今後はさらに症例数を増やして検討を進めていきたい。
【はじめに,目的】女性の月経周期は性ホルモンの変動によって形成される。近年,月経関連疾患に関する研究が多く行われてきている。月経前症候群(PMS)は,黄体期後期に生じ,月経開始とともに終了する精神的及び身体的症状であり,本国では5.3~11.8%の罹患率が報告されている。PMSの発生原因については未だ統一した見解は得られていないものの,自律神経活動に関して黄体期では卵胞期に比べ,副交感神経活動が低下し交感神経活動が優位であるといわれている。PMSに対する治療として運動療法の有効性が検証されているが,症状改善の要因は明確に示されておらず,介入方法や期間についても統一した見解が得られていない。そこで本研究は,交感神経活動抑制および副交感神経活動増加への効果が示されているスタティックストレッチング(SS)を用いて,PMSの有無によるSSの有効性を検証した。
【方法】対象はPMS症状を有する女子大学生7名(PMS群;年齢21.7±1.2歳),PMSを有さない女子大学生9名(非PMS群;年齢22.3±0.9歳)とした。月経翌日より計測した基礎体温により黄体期を確認し,基礎体温上昇翌日または翌々日にSSを指導及び実施し(1日目),前後でSSの即時効果を検討した(Pre,Post)。被験者にはセルフSSを6日間実施させ,1日目の7日後に再度測定(1week)を実施しSSの短期効果を検討した。SSはハムストリングス及び腰背部,股関節屈筋群及び大腿直筋,股関節内転筋群に対して各30秒4セット,セット間20秒の計12分間を実施した。評価指標は,心電図波形より心拍数(HR),交感神経活動を示す標準化低周波(%LF),副交感神経活動を示す標準化高周波(%HF)を算出した。統計解析は,反復測定一元配置分散分析を用いてSSの即時及び短期効果を比較検討した。有意水準はP<0.05とした。
【結果】HRに関しては,PMS群において1weekがPre及びPostに比し有意な高値を示した(3群間:P=0.019,Pre-1week:P=0.026,Post-1week:P=0.042)。一方,%LF,%HFでは有意な変化はみられなかった。非PMS群は,全ての項目において有意な変化がなかった。
【結論】本研究結果より,PMS群では1weekのHRに有意な増加を示した。PMS症状は黄体後期に増強するといわれているが,交感神経活動の亢進とともに,HRの増加が促されたものと考えられた。しかしながら,本研究では%LFや%HFの変化はみられておらず,PMS群では交感神経活動の亢進がSSにより抑制された可能性が考えられた。したがってPMS症状の増強時にSSを実施する等,介入時期の検討が必要であることが示唆された。また非PMS群においては,全ての指標において有意な変化はみられておらず,自律神経活動への変化が生じていなかったことが考えられた。今回実施したSSにおける時間,強度,方法等が自律神経に影響を与えるには不十分であったことも考えられるため,更なる検討が必要であると思われた。