日本学術振興会:科学研究費助成事業
研究期間 : 1994年 -1995年
代表者 : 宮仕 勉, MARIANO P.S., MCBRIDE J.M., HILINSKI E.F, DINNOCENZO J, GOODMAN J.L., WAGNER P.J., BERSON J.A., 秋山 公男, 鈴木 孝紀, 高橋 康丈, 池田 浩
本研究は次の2つに大別される。
1.有機光化学におけるビラジカル(BR)とカチオンラジカル(CR)の研究
本研究では光誘起電子移動よる有機化合物の骨格転位におけるBRとCRの相互関係について研究した.
一般に電子受容対(A)との光誘起電子移動で生じた電子供与体基質の非ディストニックCRは容易に結合生成あるいは結合開裂を起こし,より安定なディストニックCR中間体(I^<・+>)へと変化する.溶媒のかご外へ拡散したI^<・+>はしばしばスペクトル的手法により観測され,また分子状酸素やアルコールなどのラジカルトラップ剤により捕捉されるが、イオンペア[I^<・+>/A^<・->]内におけるI^<・+>の反応性はまだ明らかになっていない.この中間体I^<・+>の反応性には二つの可能性がある.
ひとつはA^<・->からの逆電子移動反応であり,結果として一重項および三重項BRが生じ,結合開裂あるいは結合生成をへて生成物を最終的に与える.もう一つ考えられる過程は結合開裂あるいは結合生成とそれに引き続く逆電子移動過程である.これらのどちらが反応に関与しているかを明らかにするために,相補的な二つのレーザー技術を用いた.すなわち,CRやBRの直接観測のための時間分解レーザーフラッシュフォトリシス(LFP)と,イオンペア[I^<・+>/A^<・->]のエネルギー評価のための時間分解光音響熱測定法である.ナノ秒時間分解LFPは現有設備で行ったが,ピコ秒時間分解LFP及び光音響熱測定法は,高橋と池田がフロリダ大学とロチェスター大学に共に赴き,共同研究として行った.また秋山はミシガン大学に赴きWagner教授とBRの多重度・電子構造と反応性の研究を行い,CRとの対比を行った.これらの研究の結果,CRとBRを経由する次の三つの光誘起電子移動反応系を見いだした.
(1)2,5-ジアリール-1,5-ヘキサジエンの光増感電子移動縮退Cope転位.これは1,4-ジアリールシクロヘキサ-1,4-ジイルCRと1,4-ジアリールシクロヘキサ-1,4-ジイルBRを経由する「CR環化-BR開裂機構」で進行する.
(2)2,2-ジアリールメチレンシクロプロパンの光増感電子移動縮退メチレンシクロプロパン転位.これはトリメチレンメタンCR(TMM^<・+>)と対応するBR(TMM)を経由する「CR開裂-BR閉環機構」で進行する.
(3)5,5-ジメチル2,3-ビス(1-フェニルビニル)シクロペンタジエンの光誘起電子移動反応による一重項および三重項テトラメチレンエタン型BRの生成.この反応には逆電子移動過程が必要不可欠である.
招聘研究ではMariano教授,Hilinski助教授を招聘し,各々共同研究を行なった.
Mariano教授との研究では有機合成上価値の高い反応中間体を直接観測し,反応機構を決定出来たことは意義深い.また,Hilinski助教授との共同研究では,オキサトリメチレンメタン型中間体の直接観測が緊急課題として挙げられ,三重大学工学部富岡秀雄教授の協力を得て低温マトリックスの実験を行った.さらにHilinski助教授との合同討議・情報交換では高反応性BR及びCRの動力学の研究にはピコ秒及びフェムト秒LFPの利用の必要性が改めて指摘された.これらの最先端設備による研究は今後の課題である.
以上の研究により,イオンペア内における逆電移動過程がCRの化学とBRの化学を結ぶ重要な役割を果たしていることが明らかになった.今日まで逆電子移動過程はエネルギーを浪費する「負の過程」として認識されてきていることから,この結論は注目に値する.
2.電荷移動錯体などの固相における光化学の研究
鈴木とエール大学McBride教授の派遣及び招聘により,固相光化学に対する結晶工学的見地からの討議と共同研究を行った.特に日本側の固相不斉光化学の研究はその反応機構はもちろんその合成的応用まで討議が及び,試料供与と測定実験を中心に共同研究を継続していくことが確認された.
本研究では今後も各研究者との共同研究を継続すると共に,アメリカNSF光誘起電子移動センター(ロチェスター大学内)との連携も図り、本研究課題を発展的に拡大する予定である.